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東京高等裁判所 昭和38年(ラ)264号 決定 1964年3月10日

抗告人 飯野広造

相手方 樋口竹春

主文

原決定を取り消す。

本件を甲府地方裁判所に差戻す。

理由

本件抗告理由は、要するに、抗告人の甲府簡易裁判所および甲府地方裁判所における当事者本人としての陳述は虚偽ではない、というにある。

よつて按ずるに、原決定によれば、原裁判所は、抗告人が甲府簡易裁判所昭和三十四年(ハ)第一五〇号土地明渡等請求訴訟事件、同庁昭和三十五年(ハ)第三六号同反訴事件について、昭和三十五年四月二十七日の口頭弁論期日において、当事者本人として宣誓の上「抗告人所有の山梨県韮崎市旭町第四七〇番、田二畝三歩外田三筆(以下「本件農地」と略称する)を相手方に対し三年間は手間賃名義で作らせたのだから昭和三十年度及び昭和三十一年度には右手間賃として金一万五千円を支払い、同三十二年度には同じく手間賃として相手方が朝鮮牛と山羊を飼つていてその飼糧に使う藁と麦が欲しいというのでこれを相手方にやり、その残額を現金で支払つた。相手方から受取つた玄米は実収穫として昭和三十年度には玄米四斗入十二俵、同三十一年度、三十二年度には各六俵である。」旨を述べ、また右事件の控訴審たる甲府地方裁判所昭和三十六年(レ)第八、第九号事件の昭和三十六年十一月三十日の口頭弁論期日において、前同様当事者本人として宣誓の上、「手間賃として金一万五千円を現金で支払つたのは昭和三十年度までである旨訂正したほか前記陳述と同趣旨の供述をした」ことを認定するに止まり、昭和三十一年度における手間賃に関する抗告人の控訴審の供述を確定することなく、これをも対象として抗告人は本件農地に関し相手方に対し、昭和三十年度、同三十一年度に手間賃として各金一万五千円を支払つたことはなく、また昭和三十二年度に手間賃の代りとして朝鮮牛等の飼糧にする藁と麦とを交付したこともなかつたという事実を認定したうえ、抗告人の前記各供述はいずれも虚偽であると判定したことが明らかである。

そこで記録を調査すると、抗告人が甲府簡易裁判所において原決定摘示のような供述をしていることは認められるけれども、その控訴審たる甲府地方裁判所における昭和三十六年十一月三十日口頭弁論調書の記載によれば、抗告人の供述の要旨は、「昭和二十九年二月に本件農地を相手方に対し手間賃一万五千を支払う約束で耕作を依頼した。右手間賃は分割して支払つていたが昭和三十二年分までは全部清算済である。昭和三十年度分の手間賃は何回かに分けて一万五千円を支払つたが、昭和三十一年には藁と麦を相手方にやることにしたのでそれを差引き残額を現金で支払つたがいくら支払つたかよくわからない。そのようにしたのは昭和三十一年三、四月頃相手方が従来から飼つている山羊のほかに牛を一匹入れることになつたので、牛に踏ませるための藁と飼糧にするための麦をくれというのでそれを承諾したのである。そして昭和三十一年も三十二年も藁と麦は相手方にやつたけれどもそれは結局手間賃のかわりにやつたことになるわけである。本件農地は実測一反五畝あり、反当八俵半から九俵、全部で十二俵から十三俵半位の収穫のあるのが普通であるが、昭和三十一年には五俵、三十二年には六俵しか受取つていない。それはその年が不作で収穫がそれしかないというので仕方なく受取つたのであつて、昭和二十九年までは手間賃で作らせていたのを三十年以後小作に改めたものではない。」というのであつて、第一審における供述とはややその内容を異にしているのである。ところで、民事訴訟法第三百三十九条第二項、第三百三十一条第二項によれば、当事者本人が第一審において真実に反する供述をしたときでも当該訴訟事件の係属中に第二審でこれを変更し真実に合致する供述をした場合においては、たとえさきの虚偽の陳述について、既に過料決定がなされている場合においても、裁判所は事情により右決定を取り消しうるものであるから、本件の場合のように未だ過料決定のなされる以前に供述の変更があつた場合においては変更後の供述に重点をおいて、虚偽の供述に対する制裁についての判断をなすべきものと解するのを相当とする。そして原決定は、抗告人の甲府地方裁判所における昭和三十一年度の手間賃に関する供述を確定することなく、同年度における手間賃に関する抗告人の供述を虚偽であると判定しているものと認められること前記のとおりである。従つて原決定にはこの点において制裁の対象を確定しない瑕疵あるを免れない。のみならず原決定は、抗告人は相手方に対し、昭和三十年ないし同三十二年の三年間手間賃を支払つた事実がないのにかかわらずその事実があるような供述をしたと判断し、その証拠として抗告人の昭和三十七年十一月十九日附検察官に対する供述調書、相手方の同年十月九日附検察官に対する供述調書および抗告人提出にかかる昭和三十八年三月十二日附「供述調書送付の件」と題する書面を挙示しているが(右書証のうち抗告人の検察官に対する供述調書は抗告人が偽証事件の被疑者として取調を受けた際の供述調書のようであるが、本件は偽証罪の成立する余地のない案件であることは自明であるから、検察官が相手方の告訴があつたにせよ、抗告人を偽証事件の被疑者として取調をした手続そのものにも疑問があるが、その当否は姑く問わないとしても)、これを原裁判所における抗告人の審尋調書の記載と対比して検討すれば抗告人の前記供述が必ずしも事実に反するものであるとは認めるに足りないばかりでなく、少くとも抗告人自身がその虚偽であることを認識しながら陳述したものであると断定することはできない。すなわち、原決定が処罰の対象とした抗告人の供述そのものが明らかでないばかりでなく、それが真実に反するかどうか、また抗告人がそれを虚偽であると認識しながら供述したものであるかどうかという点についても未だ明らかにされているものとはいいえないのである。

そうだとすると、現在の段階においては、抗告人を処罰することの当否は勿論、仮りに処罰するとしてもその処罰の程度を決定するためにはさらに審理を尽すべき必要があるものと認められるから本件を原裁判所に差戻すのを相当と認める。

よつて本件抗告は理由があるから民事訴訟法第四百十四条、第三百八十六条によつて原決定を取り消し、第三百八十九条に基き主文のとおり決定する。

(裁判官 大場茂行 下関忠義 秦不二雄)

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